2010.06.05 Saturday
88年 雨の鈴鹿200k
まもなく、鈴鹿300k
今年はどんなドラマが生まれるのだろうか?
息子のメモリアルサイトを立ち上げる時
東京中日スポーツのジャーナリスト
佐藤洋美さんが、思い出の一文を書いてくださいました。
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佐藤洋美さんより。
80年代後半、鈴鹿サーキットのパドックで、初めて大島くんを見た。
走りより、前に、大島くんが、彼女をスクーターの後ろに乗せて、
走り回っていた姿が印象的だった。
ふたりとも、ホッペがプックとしていて、目がくりくりしていて、
ぺコちゃんみたいに、にこにこしていて、可愛くて、仲が良くて、
恋人のいなかった私には、眩しいくらい、素敵に見えて、
サーキットのベストカップルだなと思っていた。
雨が速いライダーは速い。これは、あのころに定説だった。
大島くんは、88年雨の鈴鹿200キロで勝った。
ワークスマシンを蹴散らし勝ってしまった、すごい奴だった。
煙るような雨の中を疾走する大島くんの勇姿は、今では、伝説。
その後、89年、90年と鈴鹿8時間耐久で2度も2位になっている。
それでも、大島くんは、その類いまれな才能のわりに、
あまり、恵まれないライダーだったと今でも思う。
速いマシンで戦うことは、あまり無かった。
それでも、活躍していたのだから、やはり、すごい奴なのだ。
たぶん、世間の評判以上にすごい奴だったのだと思う。
成功という意味では、たくさんの契約金をもらった話は、
聞いたことがなく、いつも、レース資金調達の仕事に
汗を流していたようだった。
でも、だからこそ、大島くんのレースの情熱は、
純粋で輝いていたのかも知れない。
どんな時も、笑顔を忘れず、「バイクが好きで、大好きで、だから、
サーキットにいる」そんなメッセージを発散させているような大島くんは、理屈抜きに楽しそうだった。
そして、そんなベーシックな思いを、大島くんの笑顔に出会うたびに
思い出していた。大島くんは、思い出させてくれていた。
そのことを、私は、心の奥で、いつも、感謝していた。
レースの世界は、不条理で、力のあるやつが、
正当に評価されるわけではない。
そんなことに、腹がったって、ムシャクシャすると、
大島くんを思い出していた。
あんなに才能があるのに、環境が整わなくても、
がむしゃらに走っている大島くんのことを思うと、
なんだか、いろんなことが許されるような気がした。
「好きなことに精一杯に打ち込んで、それで、いいやん」って、
声が聞こえてくるようだったからだ。
大好きなライダーだったのに、取材の回数は、多くはなかった。
それでも、いつも、きちんと、何でも、答えてくれた。
サービス精神が旺盛で、楽しい取材だった。
最後のコメントは、99年鈴鹿8時間耐久。
急ごしらえのチームで、練習なんてなかったのに、
見事ワークスRVFを乗りこなし、大島健在をアッピールしていた。
「やはり、大島くんは、ただものではないな。現役バリバリ」と、
私まで、誇らしい気持ちにしてくれる走りを見せた。
結局、トラブルで48位だったけど、なんだか、
晴れ晴れした顔で、花火が、バーンと上がる爆音と
スタッフの水掛け合いの嬌声をバックに
「うん、良かったよ。楽しかった」と笑顔で答えてくれた。
きっと、時代は、巡って、大島くんの時代が、やってくるような気がした。本物が本物として評価される時が…。
でも、もてぎの7時間耐久では、笑顔を見せてくれなかった。
気合満点のりりしい顔を見せ、それが、大島くんを見た最後になった。
今でも、信じられない…。
大島くんの笑顔のないパッドクは、さみしくて、寒いくらい。
誰からも愛され、頼りにされていた大島くんがいなくなり、
みんな、誰を見て、勇気をもらえばいいのか、
わからなくて、困っている、そんな気がします。
たった、ひとつの救いは、天国でも、とびきりの笑顔を見せ、
仲間を集めて、競争しているのだろうと想像できること。
そのことを信じて、今までとおりに、つらいときには、
大島くんの笑顔を思い出そうと思っています。
○ レーシングヒーローの主要諸元やナンバーで
鈴鹿200キロ勝利の原稿を書かせてもらったのが、
思い出に残る取材です。現在は、東京中日スポーツで、
全日本ロードレースを担当しています。佐藤洋美
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2010.02.16 Tuesday
今シーズンで・・・
ラストランにすると発表が有った。
イトシン事、伊藤真一選手
ここ数年、シーズン終盤には必ず何処からとも無く
「今年で引退するらしい・・・」と、噂が流れる
それでも、翌年のシーズンになると
強烈なオジサンパワーを見せてくれて
バイクファンは、そのとてつもないパワーに半ば唖然。
随分前、「速いだけでなく、男前過ぎるのが気に入らん・・・」と
暴れん坊、タイガー宗和の言葉を聞いて
会った事もないイトシンってどんなライダーやろ?
数年前、岡山国際のスタンドで観戦をした時
お世辞にも、上手いと言えないスタートで
10番手くらいに後退
その年は、DDBOY’sからの参戦で
イトシンもチャンピオンがかかり、チームもチャンピオンの
掛かった戦いだった。
10番手以降になった時点で
「あ〜ぁ 優勝は無理かぁ」と思っていたら・・・・結局優勝♪
私が初めてレースに熱くなった瞬間でした(~o~)
パドックで目の当たりで見るとやっぱ男前^_^;
物静かないい男でした♪
そのイトシンが引退という言葉を使わず「卒業」と言う言葉で、
今年が最後と自身のコメントで発表したのです。
やっぱ、今年もなんとしてでも、サーキットに足を運び
華麗で果敢なオジサンライダーの最後の姿を見なくては!
http://www.racing-rider.com/column3.aspx?cd=206
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2009.12.02 Wednesday
レーサーと野球
バイクレーサーで野球が得意って言う人知ってます?
愚息も、小学校低学年で男の子なら野球をせねばと
息子用と私用のグローブを買いました。
(ちなみに私は、中高で学年対抗ソフトボール大会で
毎年キャッチャーやってました)
時間をみては、玄関前の路地でキャッチボール。
古ーい事なので^_^;
当時、息子が喜んでいたのか、嫌がっていたのか記憶にはなく
気が付けば、バイク一筋で球技音痴?(苦笑)
プロ野球にも興味を示さず・・・
息子だけかと思いきや、レーサーには
野球音痴が多いそうな^_^;
レース界では、トップレーサーと言われる面々が
ここ数年前から、野球チームを作って対抗試合を行っている。
その名も「レーサーズ」←まんまやん(爆)
今年も12月10日に神宮球場(@_@)で試合をします。
ヒットを打ってもまともに走れない(足に金属が・・・)
守っても走れない、爆笑の試合だとか
(選手会のお世話役を一手に引き受けている
トウチュウのジャーナリスト佐藤洋美さんから宣伝を頼まれた^_^;)
平日なので時間のあいている人、是非観戦に行って見てください。
http://www.racing-rider.com/news_detils.aspx?cd=211
それに加えて宣伝?
毎年恒例になったライダーによるオークション
ファンの皆様にはたまらん1品があるかも・・・
http://www.racing-rider.com/auction.aspx
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2009.11.18 Wednesday
日本初バイク専用コインパーキング!
やっと、やっと出来ました!
エコが叫ばれ、渋滞緩和に大いに協力しているバイク
ところが駐車場がない。
仕方なく駐車禁止場所にバイクを止め
挙句、駐禁を取られて苦い思いをした人がどれだけいるでしょう?
何年か前(2年位かな・・もっと前かな)
バイクの駐車場設置の署名運動を知り署名した事が有りました。
今でもその署名運動は続いているようで
どうなってんの?と思っていましたが。
そんな中、東京で出来た!
まだまだ、台数も少ないし、利用時間も短いけど
結果をみて全国に広げるらしい。
署名まだの人、名前かきましょ!
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091118-00000675-yom-soci
↑ Yahooニュースより
http://www.jama.or.jp/motorcycle/environment/3minute_parking.html
「日本自動車工業会」
↑署名運動
バイクに乗らない、いえ乗れない私です^_^;
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2009.11.03 Tuesday
2009年 全日本最終戦を終えて
レースの模様はすでにリザルトに出ているので省きます。
胸に大きく焼きついた事
ヨシムラ 酒井大作選手の涙
DDBOY’s 児玉雄太選手の蒼白な顔
私の知っているライダー達(息子も含め)は
何時も元気
何時も笑顔
何時も前を向いて
何時も弱気は見せない
勿論、上記の二人も・・・
口いっぱい開けて大笑いし、周りまで元気にする雰囲気があり
そんな彼らに「バイク馬鹿」なんて言っていました。
今回、児玉選手の出走前、身近で様子を見ました。
私服からライディングスーツに着替えた時は
何時もの、はにかむような笑顔、爽やかさは消えていました。
トランポからピットまでサングラスをかけ
耳にはウォークマン。
ピットに入りサングラスを外した目は鋭く
初めて見るレーサー児玉の顔でした。
結果は・・・・
今回、身近で2人の様子をみて
大勢の人たちに支えられ、大勢の人に応援してもらっている事。
その人たちに「結果」という形が残せなかった。
悔しい
情けない
申し訳ない
悔いても悔いても・・・
胸に、心に、多くの思いが爆発しそうな量として
有ったのだと思う。
(勿論、他のライダーも納得の行かない結果の場合
誰でも同じなんだろうな)
そんな、ライダーの姿を目の当たりにして
正直、大きなショックを受けました。
息子からレースの事は何も聞かず、語らず。
レーサーの心情は全くしらないまま。
そして今は、多くのライダー達が周りにいるにも
係わらずライダーの心の内(うち)は何も知らなかった。
何も気づいていなかった・・・
来年のチーム体制が分からない今。
国内の4大メーカーがレースサポート撤退と言う現実。
サーキットを走りたいと願う多くのライダーが
もう一度、彼らが目標とするものに再チャレンジをして欲しい。
その場が彼らに与えられる事を心から願いたい。
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